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雷-西福寺-

雷除けと妖怪としての雷の伝承で有名な西福寺という古刹が和泉市にあります。

Kaminari.jpg


雷井戸
和泉名所図絵(江戸時代)によると、昔境内の井戸に雷が落ちたとき、村人が井戸に蓋をして雷を閉じ込めました。
逃げ場をなくした雷は苦しみもがいて、許しを乞いました。
哀れに思った村人たちは、
「ここは桑原という所だ。今後この地には絶対落ちないと誓うなら許してやろう。」
といい、雷もそれを誓ったので蓋を取って逃がしてやりました。
それ以来、この地には雷が落ちないといわれています。
また、雷鳴がしてくると「クワバラ、クワバラ」というのはこれに由来するそうです。

西福寺と雷井戸(境内内掲示)より抜粋


類話は関西圏だけではなく、全国的に広がる雷除けの民話です。
この西福寺のように井戸に閉じ込められる他、自分であけた穴に入りこんでしまって動けなくなってしまったりして、村人や力自慢の住職等に今後この地に落ちないという約定を取り交わし、或いは証文となるものを残して天に返してもらうという話も見かけます。
黒猫もこれまで何箇所か類話の伝わる地を訪ねたことがありますし、これからも訊ねていくことでしょう。

saihukuji01.jpg 480号を山の方へ歩いていると目的の寺に。

saihukuji02.jpg 大きな看板もあります。

saihukuji03.jpg 入り口は裏手にありました。

saihukuji05.jpg 本堂

saihukuji04.jpg
境内に掲示されていた西福寺の縁起

重源の寺 雷・耳の寺 西福寺の縁起

一 当山の創建は、奈良時代(千三百年以上前)泉寺と仏性寺にさかのぼる。
その昔(千二百五十年前)当山で沙弥道行が雷封じのため大般若経を書写し、伊勢神宮に奉納する。(伊賀の常楽寺に現存する)
一 当山には雷井戸がありこの井戸に落ちて困っていた雷を助けた故事で雷封じのクワバラ寺として古くから全国に知られている。
一 当山には霊験あらたかな耳の守り本尊十一面観音菩薩をおまつりしている。難聴、耳鳴りなどの耳病平癒を祈願するために多くの人々がおまいりする。
一 当山は古くから奈良東大寺と関係が深く中興の開基重源上人(鎌倉時代東大寺再建の勧進職)は西福寺に留錫し、念仏道場を開き寺門興隆をはかり谷山池の築造、槙尾川の改修など郷土の開発につとめる。

そして本堂の右に目的のものがありました。
saihukuji07.jpg saihukuji06.jpg
「西福寺と雷井戸」という由緒が掲示されていました。

 
西福寺と雷井戸

西福寺は、鎌倉時代初期に東大寺再建に尽力し、この地で生まれたという伝説のある俊乗房重源が中興の開基と伝えられています。桑原町の地場産業である花卉栽培も、重源上人が宋から水仙の球根を持ち帰り栽培方法を伝えたことに始まると言われています。
境内には重源上人のお墓があります。
また、かつて奈良時代にここ桑原にあったとされる仏性寺で沙弥道行が雷封じのために大般若経を書写したという記述が三重県の常楽寺に現存する国重要文化財「大般若経」[天平宝字二年(七五八)]にあることから雷封じの所縁の地であることが伺えます。

雷井戸
(このエントリー上部に記載)

で、こちらが件の雷井戸
saihukuji08.jpg saihukuji09.jpg
思ったより小さなものでした。
小銭が石の上に置かれていたりしました。

寺の縁起を読む限り、もともと雷封じも目的とした寺であったようにも読み取れます。
雷封じの為にあった(筈の)書写された「大般若経」があるにも関わらず、上記のような「雷」が落ちてきてそれを村人が助けるという伝承があるということは…

後はその話を受け取る人が考えるべき事かなと思います。


<<関連エントリー>>
雷-兵庫県西宮市・鳴尾八幡神社-
雷-若江鏡神社-

西福寺
場所:大阪府和泉市桑原町152
 

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妖怪と酒を愛する一男一女の父。
昨今、文献漁りも行っているが、昔の人の書が達筆すぎて苦心中

 

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