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西宮市街地近くにある甲山の直ぐ脇に鷲林寺という寺があります。
この寺は開基にあたって悪神ソランジンを退治し、封じ込めたという伝説と、近年牛女にまつわる騒動で騒がれた寺でもあります。

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リンクにある「西宮ふるさと民話」にも「甲山(かぶとやま)とソラジン」として載せられていますが、このブログではせっかくですので舞台となった鷲林寺に伝わるソランジンで以降書き方を統一しておこうと思います。

さて、その悪神ソランジンですが、西宮市の民話と寺伝では微妙に話が異なりますので、退治された経緯やその後の祀られ方も異なります。

民話の方では、ソランジンは鷲林寺あたりに住んでいた土着の神で、神呪寺開基にあたって悪さをしますが如意尼の信心のお蔭か追い払う事ができ、東の大きな岩にソランジンを祀ったというもの。

一方寺伝では、弘法大師がソランジンを桜に封じ込め、それで「十一面観音像」と「鷲不動明王」を彫り、寺の本尊として鷲林寺を開いたというものです。
これにあわせ、ソランジンも麁乱荒神として祀ったとの事。

いずれにせよ、ソランジンと鷲林寺は切っても切れないものです…しかし、寺=仏教なのに神が堂々と寺伝に出てくるあたり、極めて不思議な印象を受けます。これもひとつの神仏習合の結果なのでしょうか。


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本堂と多宝塔
本尊は毎年4月21日のみご開帳されるとの事で拝観することは出来ませんでした。

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境内の様子

s-Jyurinji05.jpg 鷲林寺略縁起

さて、もうひとつの牛女についてです。
そもそも、昭和の西宮にて発生した「牛女」の話をご存知でしょうか?
Wiki 「件(くだん)」から抜粋すると、

第二次世界大戦末期から戦後復興期にかけては、それまでの人面牛身の件に代わって、牛面人身で和服を着た女の噂も流れ始めた。以下、これを仮に牛女と呼称する。
牛女の伝承は、ほぼ西宮市、甲山近辺に集中している。
例えば空襲の焼け跡で牛女が動物の死骸を貪っていたとする噂があった。
また、芦屋市・西宮市間が空襲で壊滅した時、ある肉牛商の家の焼け跡に牛女がいた、おそらくその家の娘で生まれてから座敷牢に閉じ込められていたのだろうという噂などが残されている。

小説家小松左京はこれらの噂に取材して小説『くだんのはは』を執筆したため、この牛女も件の一種とする説もある。 が、幕末期の件伝承と比較すると、

件は牛から生まれるが、牛女は人間から生まれる。
件は人面牛身、牛女は牛面人身。
件は人語を話すなど知性が認められるが、牛女にはそれが認め難い。

といった対立点があり、あくまでも件と牛女は区別すべきと言う主張もある。

と、いうものです。

さて、もう少し現地の噂を見てみると、

・「夫婦岩」の上に座っており、後ろからすごい勢いで追いかけてくる。
・赤い着物を着ており顔は毛深く良く見えない。
・「夫婦岩」の近くにある鷲林寺境内の洞穴に棲む。

と、いうものを西宮に住んでいた頃聞きました。恐らくこれ以外にもいろいろあるのでしょうが、あくまでも私の聞いたものは、ということで。

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牛女がいたという八大龍王を祀る洞穴
戦火に巻き込まれた時、有馬まで逃げ延びるため掘られたとの話もあります。
現在は洞穴の前に社が立てられており中を覗く事も出来なくなっています。

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八大龍王を祀る洞窟の脇に伍大黒長天龍神、白竜大神、黒竜大神

「牛女」の話は、当初はWikiに見られるように、比較的平野部で発生したようです。
その後、山間部へと話が移動し、さらに尾ひれがついていったように見受けられます。
「牛女」の話の発生には、部落差別も一因としてあるのではないか、との説も聞きます。
というのも、若い世代にとって西宮というのは比較的高級なイメージがありますが、明治以前には、大きな部落があり、その村の方々が畜産を営んでおり、戦後復興期に部落差別が形を変えて噴出したのではないか、というものです。

さて、その「牛女」ですが、住処ということになった鷲林寺は、非常に困った事になりました。
というのも頻繁に訪問者がやってきて、肝試しをしたりするようになったからだとか。

そこで困り果てた住職がそんなある日、冗談のつもりで山門入口に看板を出したのです。
「“牛女”は残念ながら引越しされました」と…
その看板を出してから夜中の訪問者の数は激減し、静かになったのだそうです。

このあたりの経緯は、鷲林寺のホームページにて書かれてあります。(牛女伝説の真実
私の聞いていない噂や、せっかく沈静化したのにこれをテレビがまた蒸し返したりと、他にも興味深いことが書いてあります。

正直なところ、「牛女」の話の発生の過程における真実は、分かりません。
他の地域にも屠殺場はあったのに、何故西宮だけでこの話が出たのか、何故山手に移っていったのか、近隣に他の荒神もあったのに何故鷲林寺なのか…
もともとあった、夫婦岩のたたりの話に習合していった為かもしれませんし、他に原因があるかもしれません。
「牛女」(と誤認された何か)が真実そこにいたというのもあるかもしれません。

確かなのは、「牛女」を信じる人達がいた事と、それにより迷惑を被っていた寺があったことでしょう。
寺の住職としては、「牛女」は信じるに足らない迷信だ、しかし、「牛女」を信じる人達は毎晩のように寺にやってきて、現実に迷惑を被っている、こんなところでしょうか?

このケースでは、「牛女」を信じる人達は何処の誰、と特定する事は出来ません。
情報伝達のインフラが整った現代では、「牛女」を信じる人達の総体という、討論のしようのない相手を相手にしなければならないのです。
この場合、客観的な視点などなんの役にも立たないことでしょう。

そこで寺院の出された、「“牛女”は残念ながら引越しされました」の看板は、実に妙案であったと思います。
これにより牛女は、住処を奪われる事になったのですが、現代社会に殺される事はなかったのですから。
このあと残念ながら、西宮の「牛女」はメディアによって新しく命を吹き込まれてしまい、また鷲林寺に存在せざるを得なくなってしまったようですが…これは牛女を信じていた方々にも、鷲林寺にも不幸な事でしょう。

他に境内には弁財天を祀る池もありました。
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戦国時代、織田信長軍の兵火から逃げるため当寺までやって来た荒木村重軍の姫君が自分の操を守るため、身を投げたと伝わっています。
その後、その霊を慰めるため鐘楼の金が沈められたのですが、それでも霊が浮かばれず、弁財天を祀ったとかいうことです。


<<関連エントリー>>
牛女・天狗(偽)-兵庫県西宮市・夫婦岩-

鷲林寺
場所:兵庫県西宮市鷲林寺町4の8
公式ホームページ


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昨今、文献漁りも行っているが、昔の人の書が達筆すぎて苦心中

 

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