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ガタロ-蓮間ヶ池-

「大阪伝承地誌集成」をめくってみると、吹田市にある蓮間ヶ池に河童にまつわる話が残っているとのこと。

あらましを書くと、

かつて蓮間ヶ池が殿池だった頃、田植えの時期、この地域では下の田から順番に蓮間ヶ池から水を入れていく決まりがあったとか。
ところがあるとき、しもの田に未だ水を入れていないにもかかわらず、かみの田に水が入っていた。
水に関することは死活問題だった時代なのでたちまち、大喧嘩。
というのもかみの田の者も自分達はそのようなことをやった覚えがないものだから。
そこで代表の者を出し合い、寝ずの番をして犯人を見つけようということになった。
数日たったある日、樋のまわりに黒い影がごそごそしているのを、番の者が見つけた。
よく見ればそれはガタロだった。
そうれ!と掴み掛ったがガタロは蓮間ヶ池へ飛び込んで逃げてしまった。
以後、蓮間ヶ池には村の集が番にたつようになった。

というものでした。

Kappa.jpg

蓮間池は古くからある池で、作られた年代については諸説あるようですが、「大阪府全志」には、

蓮間池は西北にあり、東西壱百五拾間・南北六拾間なり。仁壽三年圓照寺奥院建營の際に穿ちて、滿池に蓮の生ぜしより此の名をなせりといふ。今は灌漑の用水なり。外に千手清水及び鏡井等あり。

と、853(仁寿三)年説と紹介されています。

池を造ったときにも、完成するや否や池の底から水が湧き出し、それとともに観音様が現れた、などという伝説もあります。


さてこの蓮間池のあるあたりは、吹田の山の中にあり、近辺の田畑の用水は相当不自由しており水利権に関わる諍いが絶えなかったようです。
上の伝承でも触れていますが、日照りが続いたりすると蓮間池の水門を開けるのですが、川上の村にはその権利はなく、川下の村の承諾がなければ水門を開けることは出来ませんでした。
この村同士の取り決めに違反すると、領主への訴訟沙汰に結びついたようで、近くにある円照寺がその仲裁に奔走していたようです。

と、下調べはさておき、早速出発。

Hasumagaike01.jpgこの写真は北千里市民体育館脇の駐輪場から。
この日は自転車での移動にもかかわらず、茨木市の茨木童子関係を尋ねていったその脚を、蓮間池まで伸ばすという無謀なマネをした日でした。
実はこの蓮間池に到着する頃には大分後悔しはじめた頃でした…
万博記念公園よりさらに北の山の中だからなぁ…勢いとはいえ我ながらなんと無謀な。

Hasumagaike02.jpg Hasumagaike03.jpg
(左)蓮間池南西より
(右)蓮間池南東にある現在の水門。

昔の人は、こんな山の上まで開墾していたのですね;;
現代に生きる不健康な人間には、車や電車を使わずに平野部からこの場所までやってくるだけで大仕事です。
こんな土地で田畑を耕すには、平野部以上に水の確保は死活問題に繋がります。
とあるところで、池を造ったときの観音伝説は、人々の諍いを止めるために円照寺が創作したのでは、と推論されていましたが、或はガタロも同様だったのかもしれませんね。


蓮間池
場所:吹田市藤白台5丁目1番 千里北公園内

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