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ガタロウ(?)-寺ヶ池-

 大阪では「一に寺池、二に狭山池、三に和泉の久米田池」と言われることがあります。
そのように、寺ヶ池は大阪で一番深いと評された池で、どんな干ばつにも水が底をついたことのない池として有名です。 河内長野を巡ってきたついでに、その寺ヶ池にも足を伸ばしてきました。
 というのも、狭山池、久米田池には既に妖怪探索で足を運んでおり、こちらに訪ねる事で大阪三大溜池全て制覇!といういささか子供じみたことも考えていたからです。

Teragaike03.jpg


こちらに伝わる妖怪話でもないものかと探していたところ、「河内滝畑の民話」にこのように記されていました。

寺ヶ池のガタロウ
 昔ャな、よう川ぃ行くんかて「一人で行ったらあかんで、ガタロォに引かれるで」ちゅうて言われたわな。わしら子供の時分に、ようそない年寄り、ゆうたわ。
 たいがい血ィ吸うたらなんたらゆうたなァ。ガタロォちゅうたら、あれェすっぽんかなんぞのことやったんやろかい。よう血ィ吸うゆうたさかいにな。すっぽんたら、昔ゃ寺が池にようけおったわい


 文脈をみれば、表題とは異なりガタロウが寺ヶ池にいた、という訳ではないようですが、現代においてはすっぽんが血を吸うなどと聞くものではありません。
 しかしかつての日本では、すっぽんも狸や狐などと同じくやや妖怪的な見られ方をしていたようで、人間の子供をさらい、血を吸うと伝えられる地域もあったようです。河内長野もそういった土地の一つなのでしょう。
 そういう意味においては、この話も妖怪話のひとつと考えることも出来るかもしれません。

 さて、肝心の寺ヶ池についてですが、16年の歳月と延べ4万人の人力により慶安2年(1649年)に完成したため池です。
 360年以上にわたり一度も水を涸らすことなく農業用水を供給し、上でも触れたとおり数え歌で「一に寺池、二に狭山池、三に和泉の久米田池」と古くから伝承されています。
 河川の取水口からため池までは約14kmもの距離があり、急斜面沿いの水路工事や丘陵を利用した池の拡張など、当時の技術では非常に困難な工事であったことが想像されます。
 寺ヶ池は、新田開発により米の収穫高が100倍になるほど重要な水源となり、工事の現場指揮をとった中村与次兵衛の命日には「ゆあんさん」と呼ばれる行事が行われ、その遺徳が偲ばれているのだそうです。

そんなこんなで現地の様子です。
Teragaike01.jpg
こちらが寺ヶ池の地図。
かなり大きな池で、周囲は公園として開発がされています。
訪ねた日は何やらイベントをしていた様子で南側はすごい人手でしたので、寺ヶ池の北側の様子です。


Teragaike04.jpg Teragaike06.jpg
帰宅後調べてみたところによれば、右側の写真中央の森は弁天山公園というのだそうですが 、その中に福神弁財天寺ヶ池鎮守という社があるようです。
弁天山公園にも訪ねていってみたら良かったなと少し後悔。

Teragaike05.jpg
こちらが北側の堤のようです。

Teragaike07.jpg
下から見るとこのような感じになります。

この寺ヶ池の水は、現在でも灌漑用水として使用されているようで、これからも歴史は作られていくのでしょうね。
今でもすっぽんはいるのでしょうか?
子をさらい、生き血を吸うという妖怪としてのすっぽんやガタロウの話を聞くことは殆ど無くなっていくのでしょうが、そのような話自体は残っていくとよいですね。


寺ヶ池
場所:大阪府河内長野市木戸町

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妖怪と酒を愛する一男一女の父。
昨今、文献漁りも行っているが、昔の人の書が達筆すぎて苦心中

 

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