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竜-龍尾寺-

民話「落ちてきた竜」の伝承地、その四箇所目、龍尾寺を紹介いたします。

Ryuubiji14.jpg

 


「落ちてきた竜」の民話の概要については、

竜-権現滝-

を見ていただければと思います。

ここは民話の語るところの、引き裂かれた若い竜の尾が落ちてきた場所である、とされている場所です。

一応地図上で場所を確認のうえ、車を走らせて現地到着。その入り口。
Ryuubiji01.jpg
行基さんと龍の伝説の寺
紅葉の名所
禅宗 起雲山 龍尾寺


と書かれています。

Ryuubiji02.jpg
入り口を通って寺へ行く道すがら。
紅葉が見事でした。

Ryuubiji03.jpg
民家の脇に寺へ行く道が続いているようです。
このような道なので、黒猫が入ってきたのは裏口のような所だったのかも知れません。
しかし、こちらも銀杏の葉が道いっぱいに落ちており、これもこれで良い物です。

そして、ようやく寺のすぐ傍に到着。
案内板が二つもありました。
Ryuubiji04.jpg Ryuubiji05.jpg
(左)
龍尾寺の伝説
 奈良時代の有名なお坊さまに行基という方がいらっしゃいます。諸国を巡って稲作のための溜池をつくったことで知られる高僧です。
 ある夏のこと。当地では日照りが続き、村をあげて雨乞いしても一塊の雲も呼ぶことができませんでした。そこへ通りがかった行基は里人を救おうと立ち上がり、「雨降らせたまえ」とお経を唱えながら一心不乱に龍王に祈りました。
 そうしたらあら不思議、一天にわかにかき曇り、たちまち大粒の雨が大地に降りそそぎ始めたのです。
 恵みの雨があがって山のかなたを見晴らした里人は、頭と胴と尾の三つにちぎれて木にかかっている龍を見いだしたのでした。龍はわが身を裂いてまで民衆の苦しみを救ったのでしょうか。人々は龍の頭の落ちたところに龍光寺、胴体のところに龍間寺、尾のところに龍尾寺を建て、龍王の霊を弔いました。
 大東市の龍間にある龍光寺と龍間寺、当市の権現滝・室池への入口、標高70メートルのところにある起雲山龍尾寺は、こんないわれを持つ古いお寺です。


(右)
 元禄二(1689)年に当地を旅行した貝原益軒は、「飯盛の東北、龍鼻山に観音有。里民はなはだ尊信す」と記し、龍尾寺住職慶道は寛文三(1663)年八月二十二日付記録で、「観音山の旧地は人煙遠く距るにより、現在地に移し、禅宗に転じた」と書きしるす。
御机神社と相対する懸崖上に建つ龍尾寺は、桜・紅葉の名所としても有名。縁起書の語る観音山旧地は、現在地より更に五百㍍程山系へと踏み分けた地を指すが、人煙遠く距るにより、江戸初期に現在地へ転じたもの。
 京都相楽郡加茂町の古刹、真言宗海住山寺の大般若波羅蜜多経六〇〇巻のうち、奥書を記す経巻の大半は、当地龍尾寺の経典を、寛治五・六・七年(1090年代)に書写したものである。「河内国讃良郡滝尾供養了。滝尾山持経。滝尾寺の本。書写願主滝尾寺範誉」等と記してあることから見ると、平安末期には「滝尾寺」を称し、大般若経六〇〇巻を持つ寺院として、寺運隆々たるものがあったものであろう。
 奈良期の寺院は人里の中に建てられるが、平安期ともなれば、修行道場として山岳寺院へ移行する。このことから、平安初期に遡る古寺院であることは確である。滝尾寺の滝が、本字の瀧→龍となって、龍尾寺を称するに至ったものであろう。瀧尾寺から龍尾寺へ転じた時に、龍王感応伝説が生まれる。1200年前の天平らの昔、旱魃あって里人大いに苦しむ。行基菩薩これを憐れんで山間に立ち、法華経を唱すれば大雨沛然たり。龍王は身を裂いて里民の窮状を救ったものであろう。身は三分されて天空より落下した。住民深く感謝し、頭の所に龍光寺、胴体の所に龍間寺、尾の所に龍尾寺を建てて、その霊を弔った。前二者は大東市龍間に、後者が当市の龍尾寺となって、法灯を現在に伝える。京都の古刹・真言宗海住山寺と密接な関係にあることより見て、高野山金剛峯寺に倣い、人煙遠く距った観音山に真言宗として建立され、滝尾寺を称し、鎌倉時代に起山寺龍尾寺へ名称は定着、江戸初期に現在地へ転じた時、禅宗の曹洞宗へ改まった。
(四条畷市史第四巻より抜粋)

 
民話で語られるものと、伝承の内容がやや異なるようです。
民話では、若い竜が龍王の命に逆らって雨を降らせたことにより、龍王の怒りに触れ身を裂かれてしまったと伝えられますが、この寺の伝承では龍王が身を裂くことによって雨を降らせたことになっているようです。
面白いものです。

さて、山内の様子です。
Ryuubiji06.jpg Ryuubiji07.jpg

Ryuubiji13.jpg Ryuubiji15.jpg
書いてある通り、紅葉が素晴らしいお寺でした。
お寺の方に、このアングルからが良い雰囲気で取れるよ、などと教えていただきながら写真を撮らせていただきました。
訪れたのは平成23年12月頭でしたが、まだほんの僅かですが紅葉が青いままの木が見られましたが、お寺の方に、それも後2、3日で一気に真っ赤に色付くよ、等と教えていただきました。
やはり、毎年見ておられるとそういったことも分かるようになるものですね。いたく感心させていたしました。

さて、こちらの寺には伝承が語るところの龍の尾が寺宝として残されているそうです。
それがこちら。
Ryuubiji08.jpg Ryuubiji11.jpg
とはいっても、大切に保管されているものですので、いきなりぶらりと行って見れるものではないのですが;;
幸い、本堂の中へ入れていただくことができましたので、そちらに収められている写真などを見させていただくことができました。
(左) 龍の尾の写真
(右) 龍の尾の絵

Ryuubiji12.jpg
それらと共にあった由緒書き

寺宝・龍尾
 奈良時代に水稲耕作に生きる農民にとって日照り続きは死活問題でした。里民の深い嘆きに接した行基菩薩は、権現の滝にて雨乞いをしました。
 するとそこへ異形の者が現れて「私は天に住む若い龍です。大龍王様は雨を降らさないようにしていますが私はあなたの仏恩に報いたいと思います。大龍王様は怒って私を殺すでしょうが、その時きっと雨が降ります」と言って消えました。その後すぐ大雨となり雨水は大地を潤しました。
 雨が止んだ後、外へ出てみると龍の体が頭、腹、尾の三つに裂かれて落ちていました。
 行基菩薩は、自分の身を犠牲にしてまで人々を救った龍に深く心を打たれ、頭の落ちた所に龍頭寺(後に龍光寺)、龍の腹の落ちた所に龍腹寺(後に龍間寺、今は廃寺)、尾の落ちた所に龍尾寺を建立して、この若龍の崇高な行為を称えたのである。
 以上が、この龍尾の由来である(寺伝より抜粋)

 1メートル余りの渦状で尾の付け根の部分から剣のようなものが出ている。乾燥してミイラ化しているが、弾力がある。
 昭和36年日本の有名な動物学者3名が鑑定したが、「生物のミイラには違いないが、これが何であるかは不明」という結果であった。


お話を伺わせていただいたところ、平成24年1月1日から3日の間、この龍尾寺の本堂で寺宝龍尾を公開されるとの事です。そういえば来年の干支は龍でしたね。
正月早々から龍を見ることが出来ると縁起が良いかもしれません。
ただ生憎、私の来年の正月は、妻の実家へ帰省する予定を立てている為、残念ながら見せていただきに寄らせていただくことは出来そうにありません。縁があれば、またの機会拝観させて頂きにこようと考えています。
ただ、本堂の中は縁側の一部を除いて写真は取らないで下さいね、とお寺の方に言われましたので、くれぐれもそういった事はお守りください。

Ryuubiji09.jpg Ryuubiji10.jpg
面白いもので、来年販売予定のお守りも見せていただくことが出来ました。
左のピンク色のものが女性用、右の水色のものが男性用との事です。
どちらも表に「御守」の字が、裏には寺宝「龍尾」があしらわれた図案となっており、来年にはピッタリのお守りかもしれません。

権現滝を始め、龍光寺、龍間寺跡、龍尾寺とまわって来ましたが、しっかりとした形で寺として残っているのは龍尾寺のみという少し寂しい現状でした。
そして、お寺の方の話を聞いたところでは、この龍尾寺もこの何十年か前に再建されるまでは廃寺寸前の状況であり、崩れかけたお堂があるのみという状況だったらしいです。
幸い、龍尾寺は住職が尽力され現在の様な立派な寺となっていますが、あやうくこの民話で語られる3っつの寺が全て廃寺に近いものとなっていた可能性は高かったのでしょう。
こういったものは日本全国の随所にあるのでしょうね。


龍尾寺
場所:大阪府四条畷市南野6丁目11-70

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下総国龍角寺.・龍腹寺・龍尾寺三山縁起について

  • posted at:2012-02-01 12:39
  • written by:五十嵐行男
千葉県の成田空港周辺には龍角寺.龍腹寺・龍尾寺がセットで残っています。私は龍腹寺の門前に住む地方史研究者です。
昨年龍尾寺縁起を送って、そちらの縁起をくださいとお願いしましたが、無視されました。

縁起に関して

  • posted at:2012-02-01 19:39
  • written by:黒猫
地方史研究者の方に書き込んでいただけるとは思ってもいませんでした。
千葉にも類話が伝えられているのですね。
縁起のやり取りに関しては残念なことですね。

本来であれば、寺伝そのまま書き写すことが出来れば望ましいのですが、個人の趣味であちこち回っているに過ぎない身としては、寺伝を拝見させていただくことは出来ませんか?というのは、さすがに言い出しにくいものがあります。

このような現地案内板を書き写したものでも参考になれば幸いです。
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自己紹介:
妖怪と酒を愛する一男一女の父。
昨今、文献漁りも行っているが、昔の人の書が達筆すぎて苦心中

 

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