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猪名川・五月山一帯に伝わる九頭竜伝説の伝承地巡りも今回で一応一区切りとさせて頂こうと思います。
今回は兵庫県尼崎市久々知にある久々知須佐男神社の紹介です。

kuguchisusao10.jpg


猪名川・五月山一帯に伝わるという九頭竜伝承については、

九頭竜-九頭竜権現社-

を参照して下さい。

この伝承で語られる、九頭竜を射殺す矢を放ったのが他でもないこの地だと伝えられています。
しかし…ざっと地図で見たところ、須佐男神社から鼓滝の辺りまでおおよそ10km。
ミサイル並みの飛距離ですね^^

また、須佐男神社についてですが、実は尼崎市にある神社本庁の包括下にある神社が神社は66社あるのですが、スサノオと名前のつく神社はその内18社。なんと4社に1社以上がスサノオ神社という土地なのです。
また富松神社や大島神社のように地名が付けられてはいるものの主祭神がスサノオとされている神社まで数に含めると26社にも上ります。
これは川の多かった地域の中で洪水などの水害から守ってもらうため、治水の神であるスサノオが祀られたからだと考えられているそうです。

kuguchisusao01.jpg 鳥居

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鳥居下に設置してあった狛犬

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後述しますが、鳥居近くにあるこの碑から直ぐ隣にある廣濟寺に行くこともできます。

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本殿

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現地案内板

久々知須佐男神社(くぐちすさのおじんじゃ)
 当社は、妙見、牛頭天王を主神とする神仏習合の社でした。明治初年の神仏分離政策により、妙見祠のみ転出し、須佐男神社と改称しました。同社は平安時代の天徳元年(957)、摂津一帯に勢力を持っていた源氏の頭領、多田満仲の勧請により建立されたと伝えられています。
 妙見とは、北斗妙見菩薩を指し、北辰星(北極星)を中心に北斗七星を神格として祭ったものです。これは大阪府下の能勢妙見宮を川西に本拠する多田満仲がとくに崇敬したため、その配下の武将も同じ妙見信仰を持つようになったと考えられます。当社の境内にある満仲ゆかりの「矢文石」も、強肩の人物であった満仲の鏑矢伝説と結びついたものです。
 江戸時代に刊行された「摂津名所図絵」にも描かれている風景は現在も地元の人々によって大切に保たれているところです。

尼崎市教育委員会
久々知須佐男神社

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須佐男神社由緒
当神社は鎌倉時代の創建で天徳元年(紀元一六一七年)村上天皇の御宇 源氏棟梁 贈正一位 源 満仲公の勧請し給いて須佐男命(牛頭天王) 諏訪大明神 末社愛宕大権現 八幡大明神の鎮守神を奉祠し今年は一〇三〇年目に当るが其の間幾度かの大修復がなされたるも本殿幣殿拝殿等は三六九年前に再建せられたものであり長年の風雨にさらされ傷みもひどく雨漏りも甚だしくこの侭では神威の登場にも大きな差し障りもあるのではないかと憂慮し総代達相談して今度氏子崇拝者各位の浄財に依り新に復元せしものなり

昭和六十年五月吉日


この上に源満仲が立って矢、九頭竜を殺した放ったという矢文石
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由緒
多田満仲公は摂津国守に赴任したるとき住吉大神の御信託に依って当須佐男神社のこの石の上から矢を放ったところ矢は雲の上遥かに飛び上がり池田五月山から戌亥(西北)の方向にあたる谷陰の深い所に光を放って落ちて行った。満仲はその放った矢を問いながら来られた処頭が九つもある大蛇に突きささっており大蛇から流れた血水跡はまるで紅の河のように流れた。早速大蛇の首を切り九頭の明神とあがめ祀った。大蛇の血水の引いた跡が多くの田のようになっていたので所の名を多田と名づけた。又矢を問いながら来たところから矢頭という地名もつけられた。一〇世紀後半一族と共に多田盆地に移住した多田満仲は天禄元年現在の多田神社の地に多田院を建立しその小独立国は源氏武士社会の発祥の地といわれている。

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源氏縁の神社らしく八幡さんも祀られていました。

現地案内板にも書かれているように、この神社は「摂津名所図会」にも紹介されています。
kuguchisusao21.jpg
ただし、かつてはこのように久々知妙見祠と称せられていました。
それが明治維新後、国家神道の隆盛に伴い廃仏毀釈が推し進められたおり、こちらも神社と寺院に分けられることになったようです。

上記「摂津名所図会」の絵で見ると、丁度一番手前に描かれている一角が廣濟寺となり、残りが久々知須佐男神社となりました。

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山門とその脇の案内

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本殿と妙見祠

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境内にこんなものが

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妙見宮御額
明治維新 廃仏毀釈の狂風は当山もその被害を受け妙見宮本殿と境内地の半分以上を失った(現在廣濟寺西隣須佐男神社)
その頃の身延山第七十二世 新井日薩上人は明治の三巨星の一人と云われ、当山に立寄られた時に(北辰殿)と書かれた石額一面なり

廣濟寺


案内板を読む限り額がありそうなのですが、植え込みに隠れてしまって見えませんでした。
こちらはもともと久々知妙見祠と称せられたことからも、妙見信仰が中心だったのではないかと思われます。
妙見信仰とはそもそも北極星や北斗七星を神格化した信仰で、大阪では能勢妙見宮や星田妙見宮が有名です。
久々知妙見祠は妙見祠が須佐男神社として分かれていったといいますが、須佐男神社には妙見信仰に関係のありそうな祭神が居られないような…?
妙見信仰としての後継は、むしろ廣濟寺が引き継いでいるようにも思われます。


<<関連エントリー>>
九頭竜-九頭竜大権現-
九頭竜-九頭の社-
九頭竜-小戸神社 末社-
九頭竜-九頭竜神社-

久々知須佐男神社
場所:兵庫県尼崎市久々知1-3-28


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廣濟寺

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昨今、文献漁りも行っているが、昔の人の書が達筆すぎて苦心中

 

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