[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
大阪市内に棲む黒猫が、大阪近辺の妖怪や民話の伝わる土地を訪ね歩いた記録です。 ツイッターで更新のお知らせをできるようにしています。 @youkai_kuroneko
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
葛之葉姫に纏わる伝承は浄瑠璃や歌舞伎にもなっておりwikipediaにもページが作られていました。
以下に伝承部分を抜粋いたします。
村上天皇の時代、河内国のひと石川悪右衛門は妻の病気をなおすため、兄の蘆屋道満の占いによって、和泉国和泉郡の信太の森(現在の大阪府和泉市)に行き、野狐の生き肝を得ようとする。
摂津国東生郡の安倍野(現在の大阪府大阪市阿倍野区)に住んでいた安倍保名(伝説上の人物とされる)が信太の森を訪れた際、狩人に追われていた白狐を助けてやるが、その際にけがをしてしまう。
そこに葛の葉という女性がやってきて、保名を介抱して家まで送りとどける。
葛の葉が保名を見舞っているうち、いつしか二人は恋仲となり、結婚して童子丸という子供をもうける(保名の父郡司は悪右衛門と争って討たれたが、保名は悪右衛門を討った)。
童子丸が5歳のとき、葛の葉の正体が保名に助けられた白狐であることが知れてしまう。
次の一首を残して、葛の葉は信太の森へと帰ってゆく。
恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉
この童子丸が、陰陽師として知られるのちの安倍晴明である。
保名は書き置きから、恩返しのために葛の葉が人間世界に来たことを知り、童子丸とともに信太の森に行き、姿をあらわした葛の葉から水晶の玉と黄金の箱を受け取り、別れる。
数年後、童子丸は晴明と改名し、天文道を修め、母親の遺宝の力で天皇の病気を治し、陰陽頭に任ぜられる。
しかし、蘆屋道満に讒奏され、占いの力くらべをすることになり、結局これを負かして、道満に殺された父の保名を生き返らせ、朝廷に訴えたので、道満は首をはねられ、晴明は天文博士となった。
ということで現地へ。
信太森神社ですが葛之葉姫の伝承の影響を受け、信太森葛葉稲荷神社と呼ばれる事が多いようです。
入り口
伝説についての案内板もありました。
本殿
ご神木
姿見の井戸
驚かされるのが境内末社の数。案内によると、68社もあるのだとか。
そんな境内の様子です。
さてこの伝承が伝わる神社のある岸和田市ですが、少し調べてみますと、陰陽師がこの信太森神社に程近い舞村という所に住んでいて、泉州暦(信太暦・舞暦・岸和田暦ともいう)という暦を作っていたことが分かります。
また、そもそもこの舞村とは舞村の名の由来は、舞大夫と呼ばれる芸能者が住んでいたことによります。
この舞大夫は、舞の寺社への奉納の他、陰陽師としての職能を行っていたのだそうです。
そして明治まで舞大夫として聖神社と関係を持ち、和泉暦の頒布と陰陽師の職能を行ってきたのが藤村家だとか。
こちらが現在の舞村こと岸和田市舞町
つまり、安倍晴明が伝承の中でその異能の力を脚色されていく過程で、このような信太森近辺の陰陽師や舞大夫が要素として取り込まれ、葛之葉姫の伝承として形成されていったのではないか、との話を聞きます。
<<関連エントリー>>
安倍晴明-京都府京都市・晴明神社-
安倍晴明-安倍晴明神社-
信太森神社
場所:大阪府和泉市葛の葉町1丁目11番47号
公式HP