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稲荷-瓢箪山稲荷神社-

全国に稲荷神社は数あれど、その中でも日本三大稲荷を称する稲荷神社が東大阪市にあります。
こちらは辻占いが有名な場所であり、その縁起においていくつか言い伝えが残されています。

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「大阪伝承地誌集成」に以下のように記されています。

瓢箪山の占い
瓢箪山一帯では古く占いが盛んであった。ある男が土橋の下にかくれ、通る人たちの話しを聞いて頭に入れ、そ知らぬ顔でその人たちにあったとき予言めいて話し、人気者になったとか、いや、彼は通行人の話しで自分の運勢を占ったのだといった類の伝承が残る。瓢箪山稲荷神社(瓢箪山町)の前に緋の袴の巫女が現れ、参詣者の迷いを救った、土手で仮寝していた武士が、白狐をつれた老翁から進むべき道を教えられたなどもある。これらを綜合したのかどうかは知らぬが、幕末から明治にかけての稲荷の宮司山畑阿良美の占いは、百発百中だといわれる。まず占いを希望する者は社殿にぬかづき、縁談・失せ物などの願いごとを祈る。次に社殿にある割り竹のおみくじをひく。二番を引いた者は自分の前を通る人々の進行方向、男女老若の別、身なり、持物、言葉づかいをメモし宮司に報告すると、宮司はしばらく考えて予言するが、ピタリと的中する。一番、三番にもそれぞれの方法があり、大阪の料亭や商家で占いで大成功したとの噂が流れ、各地からわんさと押しかけてきた。順番を待つ人目当てに料理旅館までできたという。


物語調になったものを読んだ記憶があったのですが、最寄の図書館でいろいろ本を手に取り読み散らかしてみたのですが見当たらず。どの本だったかなぁ・・・

ともあれ、現地に向かいます。
場所は、近鉄瓢箪山駅降りてすぐになります。
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瓢箪山駅から伸びる商店街を抜けた先に、一の鳥居があります。
右は鳥居脇にあった由緒書き

日本三稲荷
辻占総本社
瓢箪山 稲荷神社

畧記
鎮座地 東大阪市瓢箪山町
祭神 保食大神(うけもちのおおかみ)

由緒
瓢箪山稲荷神社はその昔天正十二年二月豊太閤大阪築城に際り巽の方三里瓢箪山の地に鎮護神として稲荷大神を勧請し瓢箪山稲荷大神と称へ奉ったと言伝ふ
(後略)


三大稲荷というのは、実は特にこれと定められているものではないようです。
とはいえ、一般的には総本社の伏見稲荷大社のほか祐徳稲荷神社、豊川稲荷妙厳寺が日本三大稲荷とされることが多いようです。
しかし、ここ瓢箪山稲荷神社や、笠間稲荷、竹駒神社、最上稲荷などが日本三大稲荷として手を上げているようで、それらの地ではかなり地元に深く信仰が根付いているのは間違いないようです。

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一の鳥居を抜けて暫く行くといよいよ境内が見えてきます。
二の鳥居脇に参拝者用の駐車場がありますので、車の方は利用されると良いと思います。
実は私が訪ねた時にはその手前にコインパーキングがあったのでそこに駐車した後、歩いて境内に向かいだした後に参拝者用の駐車場に気がついて、少しショックを受けてしまったのは・・・秘密です;;安かったから良かったのですが;;

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手水舎で清めて境内の散策開始です。

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現地案内板二種
(左)
瓢箪山稲荷神社

 瓢箪山稲荷神社は、旧四条村字大塚にあり、山麓に群集して築造された山畑古墳群中、最も古い6世紀初め頃に造られた最大の古墳、通称”瓢箪山古墳(双円墳)”の西斜面に、西面する社殿が建てられており、稲荷神すなわち保食神を祭神として祀り、辻占の総本社として知られています。
 社伝によると、天正11年(1584)に豊臣秀吉が大阪城築城に当たり、巽(東南)の方向のこの地に金瓢を埋め、伏見桃山城から”ふくべ稲荷”を勧請したのに始まるといられます。
 江戸時代の貞享5年(1688)の村絵図には、「古跡大塚」と記す瓢形の山が描かれ、「いなり」と書かれて江戸時代の早い頃から稲荷社がまつられていたこと、享和元年(1801)刊行の「河内名所図会」には「如卜(じょぼく)」として、すでに東高野街道で辻占が行われていたことを記しています。
 幕末の頃から明治・大正時代にかけて、神社から東高野街道までの参道両側には、たくさんの旅館・茶店がならんで大いに繁盛し、大阪堂島の米相場の上り下りも、この辻占によって占われました。
 街道西側の、俗称”みこの辻”は心霊の降るところといい、辻占の占場となっていたところで、古くは往来者の言動・持物などで事を占っていましたが、現在は東参道へ移されています。
平成7年3月
東大阪市

(右)
由緒
瓢箪山稲荷神社
鎮座地 東大阪市瓢箪山町
祭神  保食大神
氏神  牛頭天王
 日本三稲荷の一 辻占総本社 創建は豊臣秀吉が大阪城築城に当り巽の方三里の地に鎮護神として伏見桃山城から「ふくべ稲荷」を勧請したるを由緒とする。
 江戸時代より門前の東高野街道沿いにおいて辻占いの風習があり、明治初年宮司山畑阿良美が「辻占」を創始するに及び淡路島うよふ千鳥の河内ひょうたん山恋の辻占として全国津々浦々に知られている。今の本殿は慶応二年に建てられた。
 社をまつる小丘はこの地一帯にある山畑古墳群の中でも最古最大に属する六世紀末古墳時代後期の双円墳であり、瓢箪山と称する由来である。

祭日 初午日 二月初午日 月次祭一日、十八日
    例大祭 七月十八日(稲荷祭)十七日(宵宮)
東  大  阪  市
東大阪市観光協会

稲荷神社として規模は大きいのでしょうが、意外と歴史的には新しい部類に入ってしまうのでしょうか?

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珍しい造りだと感じたのが、社殿脇にあった舞台。
社殿側から登る事ができるようになっていました。

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こちらが瓢箪山稲荷神社の社殿です。
稲荷神社といえば狐ですが、狛犬ならぬこの石造りの狐は凛々しい感じをうけます。

そして高名な辻占についての案内板もあります。が・・・
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木製の案内板の方は大半の所は読めるのですが、ややかすれて判読しにくい箇所が幾つか・・・

よって、その下に置かれていた案内用紙の内容を見てみると、
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【辻占について】
 古来、全国津々浦々にまで名高い瓢箪山稲荷神社の辻占判断は商売、運気、縁談、宅替、建築、病気、待人、走人等、あらゆる人生の重大事に迷った時、神断を戴いて其の迷いを去り、大いに招福繁栄の道を授かるのです。昔からこの有難い判断を受けて大成功された幾多の信者が連綿と続いて居るのです。

<<辻占判断の受け方>>
① 御本社の神前に願い事を祈る
② 備え付けのおみくじ筒からおみくじを引く(くじの数字は一、二、三の三通りある)
③ 御本社左手の東参道入口の占場へ行き、前の道路に向かって立つ
④ 引いたおみくじの数に通った人を観察する(一を引いた人は一番目に通った人)
    観察する項目
      通行人の行く方角
      性別
      年齢
      服装
      持ち物
      連れの有無
      乗り物
      その他
⑤ 社務所へ戻り宮司に報告する
   ◎判断して欲しい方の生年月日(   年   月   日)

<<神断>>
数百年来、宮司家に伝承されている御霊示に依り御神慮を伺い、判断せられます。
    ※ 見料 一件 三千円~ (一件千円で四柱推命も致します)


私は実は占いというものはやって頂いたことがない(手相を観てもらうというのは占いではないですよね?)のですが、この辻占というものは、随分手間がかかるものなのですね。

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社殿裏手にも参道が続いているようで、双円墳とされる瓢箪山古墳の上に行くことが出来そうです。
右は参道脇にあった小祠。狐の置物が可愛い。

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社殿左手から裏手にまわる参道脇にも案内板が

瓢箪山古墳(山畑五二号墳)
鬼塚と大塚からなる双円墳で瓢箪の形に似ているところから瓢箪山と称する由縁である。これより東、山手側に展開する山畑古墳群(約六〇余基)の西端に存し、最古最大の古墳である。墳丘の南北の主軸の長さは五〇米、高さ四米で本殿に向かって右側を鬼塚、左側を大塚という。大塚の横穴式石室の玄室は巾二米・長さ約三米 羡道は巾四米・長さ五米で後期古墳時代、前期(六世紀初め)の古墳である。この大塚は狐塚と呼ばれるように似前に神狐が住まわれていた。鬼塚南端には羡道入口の天井岩が露出している。


案内板からはちょっと分かりにくいのですが、「鬼塚南端には羡道入口の天井岩が露出している」と書かれていることから、「本殿に向かって右側を鬼塚、左側を大塚」というのは古墳側から向かって、という事ではなく拝殿側から見ての事なのでしょう。
つまり北側が大塚、南側が鬼塚という理解で良いのではないかと思われます。
それにしても、「鬼塚」という名前に興味が惹かれるのですが、少し調べた程度では残念ながら名前の由来は出てきませんでした。

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裏手の参道を登っていくと大塚側で何やら見えます。
何でも飛狐の像だとか。案内板もありました。

飛狐の由来
瑞穂恩露潤創生 太占遺風破雲霧
石柱頂上に御神使の飛狐が御神意を奉じて飛ぶ姿を現す
碑文は瓢箪山稲荷大神の五穀豊穣の御神徳を崇め社伝の辻占を称える。
明治四十二年創建
昭和三十二年再建


 
大塚にはかつて神狐が棲んでいたという伝承があるようなので、それを称える意味があるのでしょう。

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飛狐像のアップ。

その他、参道沿いに境内にあった摂末社の様子
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社殿左側から参道をのぼり、大塚、鬼塚を経由して社殿右側に出てきます。
そして瓢箪山古墳の外周もぐるりと回れるようになっているようでしたので、散策がてら見てまわる事にします。
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このあたりが鬼塚南側になります。

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案内板に「鬼塚南端には羡道入口の天井岩が露出している」と書かれてありましたが、おそらくこれがそうなのでしょう。

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社殿から見ると、瓢箪山古墳の裏手には駐車場がありました。

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また、古墳と駐車場の間には「あや池」という池もあります。

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池の岸、一番北側には何故か仲良く甲羅干しをしている亀の群れが居たのですが・・・
水面から上まで結構な高さがあるのに、亀はどうやって岸に上がったのでしょう???謎です・・・

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瓢箪山稲荷神社の裏手側の入口。

瓢箪山稲荷は大阪外環状線に大きな看板が出ていることもあって、前々からどんなところなのか興味があったのですが、こうやって足を運ぶことが出来て良かったです。
折角なので、何かの機会に辻占で占ってみてもらうのも面白いかもしれませんね。


瓢箪山稲荷神社
場所:大阪府東大阪市瓢箪山町8-1

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昨今、文献漁りも行っているが、昔の人の書が達筆すぎて苦心中

 

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