黄泉の国と現世の境に位置する場所として「黄泉比良坂」が有名ですが、神話の国出雲の風土を記録した「出雲風土記」では、「黄泉穴」であるとされています。
この「黄泉穴」として記された場所ではないだろうかと云われているのが出雲市にある「猪目洞窟」です。
「出雲風土記」には以下のように記されています。
宇賀郷。郡家正北一十七里二十五歩。
所造天下大神命,誂坐神魂命御子,綾門日女命。尓時,女神,不肯,逃隠之時,大神伺求給所,此則是郷。
故云宇加。即北海浜有礒。名脳礒。高一丈許。上生松,芸至礒。邑人之朝夕如往来,又,木枝人之如攀引。
自礒西方窟戸,高広各六尺許。窟内在穴。人不得入。不知深浅也。夢至此礒窟之辺者必死。
故俗人,自古至今,号黄泉之坂・黄泉之穴也。
下段を読み下すとこのような感じになります。
磯より西の方に窟戸あり。高さ広さ各6尺許なり。窟の内に穴あり、人入ること得ず。深き浅きを知らず。夢にこの磯の窟の辺に至る者は必ず死ぬ。故、俗人、古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と号くるなり。
この洞窟のことを夢に見ると死んでしまうらしいです。怖いものです。
さて出雲市中心部から日御碕の方へ車を走らせ、途中23号へとまがります。
山の中の道を走らせると島根半島の北側海沿いにでますので、これを道なりに東へ向かっていくと左程迷わずに目的地である猪目洞窟に到着する事が出来ます。
しかし、上に有る写真のように23号線が洞窟の目の前を走っているとはいえ、やや分かり辛いかもしれません。
最も、それと分かるとちょっと驚けるような光景ではあるのですが。
道路脇から撮ったものですが、このようにやや下った位置に洞窟があるため車の中からは分かりにくいのです。
道路脇に立てられていた現地案内板
国指定史跡 1957(昭和32)年7月27日指定
猪目洞窟遺物包含層(いのめどうくついぶつほうがんそう)
県指定文化財 1974(昭和49)年12月27日指定
猪目洞窟遺跡出土遺物
この洞窟遺跡は、1948(昭和23)年に、漁船の船置場として利用するため入口の堆積土を取り除いた時に発見されたものです。
凝灰岩の絶壁にできたこの洞窟は、東に向かって開口しており、幅約30m、奥行き30mあります。
この遺跡は、縄文時代中期の土器片も少量採集されていますが、弥生時代以降、古墳時代後期まで(2,300~1,400年前)の埋葬と生活の遺跡といえます。
埋葬の遺跡としては、人骨が13体以上見つかっており、特に注目されるものとしては、南海産のゴホウラ製貝輪をはめた弥生時代の人骨や、舟材を使った木棺墓に葬られた古墳時代の人骨、稲籾入りの須恵器を副葬した人骨などがあります。
生活の遺跡としては、各種木製品、土器、骨角器などの道具や、食料の残滓と思われる貝類、獣骨、鳥骨、木の実など、また多量の灰などがあります。
発見当時、大社考古学会により調査が行われた関係から、出土品は現在、大社町の史跡猪目洞窟遺物包含層出土品収蔵庫で保管されています。
2008(平成20)年3月
出雲市・出雲市教育委員会
案内板の上の方に何やら石碑が。
「三界唯一心」と刻まれていました。
いよいよ道を降りて洞窟の方へ向かいます。
洞窟の入口は現在でも舟置場になっていました。
子供の頃に絵本などで読んだ海岸沿いの秘密基地といった感じを受けます。
少し奥に行ったところ。非常に雰囲気がありますね。
降り立った所にも案内板が
国の史跡 猪目洞窟案内
この大洞窟は猪目湾の西端に位置して凝灰岩の海食により出来たもので東方に開口している。古く出雲風土記の「黄泉の穴」に当たると推定され数々の怪談が伝えられていた。
去る昭和二十三年に船揚げの場の拡張工事をしていた際、凝灰岩微砂、石片、石塊などの推積層から多数の人骨や遺物が出土した。
出土品は弥生時代から古墳時代にかけてのもので、人骨は十数体あり、屈葬と伸展葬の両式がみられ腕にはめた貝輪やたかつき大小のつぼ等の副葬品が多数あった。
又多くの木器、貝類、鳥獣、魚骨其の他、稲もみ、木の実、海藻類更に炉の跡、木灰、木炭等、往時の生活を物語る貴重な遺物が発見された。昭和三十二年国の史跡に指定されている。
洞窟へ入る所に小さな社もありました。
左は進める所まで進んでみた後で洞窟の奥の方を写してみたのですが、案の定真っ暗で取れませんでした。
右はそこから少し戻って入口の方を写したものです。
洞窟入口近辺にあった防波堤の先端の方から写した光景。
日本海は美しいですね。
さて、今回は猪目洞窟を訪ねていったのですが、実は他にもここが「黄泉穴」である、とされている地があったりします。
一つはこの猪目洞窟から比較的近い鵜鷺峠の洞窟(大国主命の室屋)です。
どうやら陸路で行くのはかなり困難であるようなので、そちらを取材したサイトがありましたのでリンクを張っておきます。
黄泉の穴考(「
たいしゃ情報壱番地」内)
そういえば、地元に伝わる話では、猪目洞窟は鷺浦にある巨大洞窟に通じていて、昔は海水の満ち干や荒れ具合によって洞窟が見え隠れしていたのではないかという話もあるらしく、或いは今は埋まってしまっているところを奥へ奥へと掘り進んでいくと二つの洞窟が繋がるのかも・・・と考えるとロマンも広がりますね。
より大きな地図で 黒猫による島根県妖怪・伝承地地図 を表示
もう一つ出雲市奥宇賀にあるようですので、また出雲に行く事があれば足を運んでみたいと思いますが、とりあえず出雲市の該当ページへのリンクだけ用意しておきます。
夜見神社・黄泉の穴
出雲地方は本当に面白い場所ですね。
ちなみにこの猪目洞窟も心霊スポットらしいです・・・
猪目洞窟
場所:島根県出雲市猪目町1338
より大きな地図で 黒猫による島根県妖怪・伝承地地図 を表示
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「出雲風土記」には以下のように記されています。
宇賀郷。郡家正北一十七里二十五歩。
所造天下大神命,誂坐神魂命御子,綾門日女命。尓時,女神,不肯,逃隠之時,大神伺求給所,此則是郷。
故云宇加。即北海浜有礒。名脳礒。高一丈許。上生松,芸至礒。邑人之朝夕如往来,又,木枝人之如攀引。
自礒西方窟戸,高広各六尺許。窟内在穴。人不得入。不知深浅也。夢至此礒窟之辺者必死。
故俗人,自古至今,号黄泉之坂・黄泉之穴也。
下段を読み下すとこのような感じになります。
磯より西の方に窟戸あり。高さ広さ各6尺許なり。窟の内に穴あり、人入ること得ず。深き浅きを知らず。夢にこの磯の窟の辺に至る者は必ず死ぬ。故、俗人、古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と号くるなり。
この洞窟のことを夢に見ると死んでしまうらしいです。怖いものです。
さて出雲市中心部から日御碕の方へ車を走らせ、途中23号へとまがります。
山の中の道を走らせると島根半島の北側海沿いにでますので、これを道なりに東へ向かっていくと左程迷わずに目的地である猪目洞窟に到着する事が出来ます。
しかし、上に有る写真のように23号線が洞窟の目の前を走っているとはいえ、やや分かり辛いかもしれません。
最も、それと分かるとちょっと驚けるような光景ではあるのですが。
道路脇から撮ったものですが、このようにやや下った位置に洞窟があるため車の中からは分かりにくいのです。
道路脇に立てられていた現地案内板
国指定史跡 1957(昭和32)年7月27日指定
猪目洞窟遺物包含層(いのめどうくついぶつほうがんそう)
県指定文化財 1974(昭和49)年12月27日指定
猪目洞窟遺跡出土遺物
この洞窟遺跡は、1948(昭和23)年に、漁船の船置場として利用するため入口の堆積土を取り除いた時に発見されたものです。
凝灰岩の絶壁にできたこの洞窟は、東に向かって開口しており、幅約30m、奥行き30mあります。
この遺跡は、縄文時代中期の土器片も少量採集されていますが、弥生時代以降、古墳時代後期まで(2,300~1,400年前)の埋葬と生活の遺跡といえます。
埋葬の遺跡としては、人骨が13体以上見つかっており、特に注目されるものとしては、南海産のゴホウラ製貝輪をはめた弥生時代の人骨や、舟材を使った木棺墓に葬られた古墳時代の人骨、稲籾入りの須恵器を副葬した人骨などがあります。
生活の遺跡としては、各種木製品、土器、骨角器などの道具や、食料の残滓と思われる貝類、獣骨、鳥骨、木の実など、また多量の灰などがあります。
発見当時、大社考古学会により調査が行われた関係から、出土品は現在、大社町の史跡猪目洞窟遺物包含層出土品収蔵庫で保管されています。
2008(平成20)年3月
出雲市・出雲市教育委員会
案内板の上の方に何やら石碑が。
「三界唯一心」と刻まれていました。
いよいよ道を降りて洞窟の方へ向かいます。
洞窟の入口は現在でも舟置場になっていました。
子供の頃に絵本などで読んだ海岸沿いの秘密基地といった感じを受けます。
少し奥に行ったところ。非常に雰囲気がありますね。
降り立った所にも案内板が
国の史跡 猪目洞窟案内
この大洞窟は猪目湾の西端に位置して凝灰岩の海食により出来たもので東方に開口している。古く出雲風土記の「黄泉の穴」に当たると推定され数々の怪談が伝えられていた。
去る昭和二十三年に船揚げの場の拡張工事をしていた際、凝灰岩微砂、石片、石塊などの推積層から多数の人骨や遺物が出土した。
出土品は弥生時代から古墳時代にかけてのもので、人骨は十数体あり、屈葬と伸展葬の両式がみられ腕にはめた貝輪やたかつき大小のつぼ等の副葬品が多数あった。
又多くの木器、貝類、鳥獣、魚骨其の他、稲もみ、木の実、海藻類更に炉の跡、木灰、木炭等、往時の生活を物語る貴重な遺物が発見された。昭和三十二年国の史跡に指定されている。
洞窟へ入る所に小さな社もありました。
左は進める所まで進んでみた後で洞窟の奥の方を写してみたのですが、案の定真っ暗で取れませんでした。
右はそこから少し戻って入口の方を写したものです。
洞窟入口近辺にあった防波堤の先端の方から写した光景。
日本海は美しいですね。
さて、今回は猪目洞窟を訪ねていったのですが、実は他にもここが「黄泉穴」である、とされている地があったりします。
一つはこの猪目洞窟から比較的近い鵜鷺峠の洞窟(大国主命の室屋)です。
どうやら陸路で行くのはかなり困難であるようなので、そちらを取材したサイトがありましたのでリンクを張っておきます。
黄泉の穴考(「
たいしゃ情報壱番地」内)
そういえば、地元に伝わる話では、猪目洞窟は鷺浦にある巨大洞窟に通じていて、昔は海水の満ち干や荒れ具合によって洞窟が見え隠れしていたのではないかという話もあるらしく、或いは今は埋まってしまっているところを奥へ奥へと掘り進んでいくと二つの洞窟が繋がるのかも・・・と考えるとロマンも広がりますね。
より大きな地図で 黒猫による島根県妖怪・伝承地地図 を表示
もう一つ出雲市奥宇賀にあるようですので、また出雲に行く事があれば足を運んでみたいと思いますが、とりあえず出雲市の該当ページへのリンクだけ用意しておきます。
夜見神社・黄泉の穴
出雲地方は本当に面白い場所ですね。
ちなみにこの猪目洞窟も心霊スポットらしいです・・・
猪目洞窟
場所:島根県出雲市猪目町1338
より大きな地図で 黒猫による島根県妖怪・伝承地地図 を表示
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